美鶴が喜ぶ。俺が誰か他の女とくっついて、それで美鶴は喜ぶのか?
そんな事って、あるのかよ?
「そんなのアリかよ?」
思わず呟く。
「そんなの、アリか?」
「何が?」
態度の変化を不審に思ったツバサが、一歩下がる。
「ねぇ、金本くん?」
問いかける言葉に、鋭い視線で返す。だがそれはツバサに対してではない。その背中の後ろの、美鶴に対して。
「美鶴」
低く、唸るような声。
「お前まさか、俺と田代がくっつけばいいだなんて、思ってはいないよな?」
ビクリと、美鶴の肩が震えた。その仕草が、聡の心に火を付けた。
ツバサを押しのけ、美鶴に飛びつく。
「お前、そんな事考えてたのかっ!」
「やめろ聡っ!」
さすがにこれ以上の静観はできない。瑠駆真が二人を引き剥がそうと両腕を伸ばす。
「離せっ! 瑠駆真っ」
「落ち着けっ!」
「落ち着けるかっ! 瑠駆真、どうせお前だってそう思ってるんだろう? 俺と田代がくっつけばいいって」
「そんな事は言っていない」
「言わなくたってわかる。お前は絶対にそう思ってる」
「いい加減にしろ。被害妄想で八つ当たりなんて、みっとも無い」
「あぁ、どうせ俺はみっとも無いさ。お前みたいにいつでも足組んで悠々状況を静観できるほどの余裕もねぇしな」
「被害妄想の次は劣等感か。付いていけないな」
「あぁ、付いて来るな。お前なんかお供にする気もねぇよ」
今度は瑠駆真の胸倉を握る。
「やめろっ」
美鶴の制止も聞かない。
「ちょうどいい。お前にはいろいろと聞きたい事もあったんだ」
鼻のテッペンがくっつくほどに顔を寄せ、聡が片眉を上げる。
「しばらくココに来なかった件とか」
「だから、それは君には関係無いと」
「関係無いかどうかは俺が決める。美鶴をホッタラカシにして、何してた?」
「言う必要ナシ」
「っざけんな」
美鶴が駅舎に居るのに、放課後を別の場所で過ごす。そんな事、聡には考えられない。例え用事があったとしても、駅舎に顔を出すくらいはする。そうだ、昨日、田代里奈へ会いに行った時も、聡は一度駅舎へ寄った。
普通ならそうするはずだ。
「言え」
「言えと言われて、言うと思うか?」
思わず舌を打つ。
ダメだ。このままではまたいつものように瑠駆真に言い負かされてしまう。何か、瑠駆真をもっと動揺させる事のできるような話題を見つけなければ。
今の聡は、自分のぶつける質問に何かの答えなど、求めはいない。そもそも、質問に納得のいく答えがあろうがなかろうが、そんな事は別にどうでもよかった。ただ、この怒りを誰かにブチまけたい。誰かを言い負かしたい。誰かに勝ちたい。
一瞬視線を泳がせ、再び瞳をぶつける。
「じゃあ、あの件とか」
ピクリと、今度は瑠駆真の片眉が揺れる。その表情に、聡の口元が卑猥に歪む。
「ちょうどいい。詳しく聞かせろよ」
「やめろ。今ここでする話じゃない」
「いいじゃねぇか。本人も居るコトだしさ」
「どうなるかわかってるのか?」
声を潜めようとする瑠駆真と、挑発する聡。
「本人?」
「あの件?」
首を傾げる二人の少女。
「聡、落ち着け」
「ほらほら、二人も聞きたがってるしよ」
「聡、お前、何を言ってるのかわかっているのか?」
「俺は、陰でコソコソと探るのは嫌いだ。知りたい事があるなら本人に聞く」
言って、唐突に瑠駆真を離し、クルリと身を反転させようとした。
やめろ。夜遊びの話をするのはまだ早い。今はまだ。
瑠駆真は本気で聡を止める。
今ここで聞いても、美鶴はきっと誤魔化そうとするだけだ。嘘の下手な彼女のことだから大した誤魔化しもできないだろうが、だが、こういう疑惑は、しっかりとした裏をとってからでないと、かえって相手に変な警戒心を与えてしまう。こちらが真実を掴む前に、事実を隠されてしまうかもしれない。なにより、夜遊びの噂が嘘か真か、それすらもわからない。ただ母親の詩織から、繁華街をウロついているようだが知っているかと問われただけだ。
確証も何も無い、ただの噂なのだ。噂が当てにならない事くらい、自分も聡もよく知っているはずだ。
「やめろっ」
今度は瑠駆真が聡の胸倉を掴んだ。すごい形相で睨みつける。
「やめろ」
「へっ そうやって頭に血を昇らせるのって、見てて楽しいな」
「貴様っ」
上着を引っ張り上げ、ギリギリと締め上げようとする。だがそんな相手に負ける聡ではない。同じように胸倉を掴み、同じように引っ張りあげる。
「やめろよ」
さすがに美鶴が両手を伸ばす。
「お前ら、やめろ」
何? どうしたの?
見境を無くした二人の剣幕は異常だ。
本人? あの件? それって私の事? それともツバサ? 瑠駆真、何か隠してる?
尋常ではないほどに興奮する二人。
あの件って? いや、今はとにかく二人を止めないと。
「お前ら、いい加減にしろ」
「いい加減にするのは聡の方だ」
「ふんっ いい機会だ。人を見下す事を趣味にしているような奴、いっぺんシメてやろうとは思ってたんだ」
「誰が見下しただって?」
「お前以外に誰がいるってんだよっ」
「いい加減にしろ。君がそこまで卑屈な人間だとは思わなかった」
「残念でしたね。俺はお前に簡単に理解されてしまうほど単純にはできていないんだよ」
「屁理屈だけは上等だな。そんな君には、やっぱり美鶴は渡せない」
「それはこっちのセリフだっ! お前なんて、どっかの金持ちの女でも連れて、さっさと砂漠の国にでも帰っちまえばいいんだよ」
「僕は日本人だ。砂漠になんて、帰るトコロは無いっ!」
「何言ってんだよ、王子様っ! お前みたいな奴と美鶴取り合ってる時間が惜しいよ」
「だったら、さっさと諦めろよ」
「なにっ」
「時間が惜しいんだろう? だったらいっその事、田代さんとくっついてしまえばいいだろうっ!」
「お前っ やっぱりそういう事、考えてたんじゃないかっ!」
「君が言わせたんだろ?」
「人のせいにするのか? 言ったのはお前だろうっ」
「なんだとっ」
「ふざけるなっ」
「ふざけてるのはどっちだっ!」
「二人とも、やめろっ!」
美鶴がありったけの声をあげても、争いが収まる気配は無い。
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